フレッドペリーついて
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月桂樹のトレードマークは、どこかで見た方も多いと思いますが、あのマークが、フレッドペリーのマークで、フレッド・ジョン・ペリーは、テニスでも有名でしたが、そのテニスウェアでも有名で、センスのよさから、広く、ベストドレッサーとして認められ、第二次大戦を挟んで活躍した、フレッド・ジョン・ペリーも、1940年代後半には引退し、スウェットバンドの、製造販売事業を始めました。現在使われている、スウェットバンドや、リストバンドは、原型のようなもので、結構人気が出たそうですが、それを機会に、シャツの製造販売にも手を染めるようになり現在に至っています。
フレッドペリーのシャツ
フレッドペリーのシャツは、デザイン的にはテニスをするために、機能重視のデザインであり、ファッションアイテム、としての、スポーツウェアが、現在のような地位になかったため、純然とした、テニスウエァとしては、成功しましたが、1960年代になると、テニスウェアでも、ホワイト一色から、カラーシャツが発売されるようになり、フレッドペリーも、一早くカラーシャツを発売しました。 その頃の、イギリスファッション界は、モッズの全盛期の頃で、ファッションに敏感な若者から、フレッドペリーのカラーシャツが人気となり、ロンドンのモッズファッションの聖地カーナビーストリート発のファッショントレンドとして、世界に広がっていきました。
フレッドペリーと音楽シーンとの連動
音楽シーンとの連動は、フレッドペリーにとり、追い風となり、日本でも、GSブームの中で、フレッドペリーの月桂樹のマークは、定番アイテムになっていき、ビートルズでさえ、デビュー当時のファッションは、モッズファッションで決めていたぐらいですから、当時のモッズファッションの影響力の大きさがわかるはずで、日本においても、1970年代頃のファッションアイテムを、ビンテージファッションとして、再認識する、トレンドが起こっていますから、そうした意味で、フレッドペリーのシャツは、外せない一品と言えるでしょう。